大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

甲府地方裁判所 昭和31年(レ)26号 判決

控訴人 神取喜正

被控訴人 戸嶋保之 外八名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人等は控訴人に対し金六百三十一円及びこれに対する訴状送達の翌日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする」との判決を求め、被控訴人等代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出、認否、援用は、控訴代理人において当審証人保坂正則、同保坂繁次郎の各証言並に当審における控訴人本人尋問の結果を援用したほか原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。

理由

被控訴人等九名及び原審被告保坂繁次郎が昭和二十八年度凶作救農土木事業として貯水池(以下単に溜池と称する)の改修工事を企画し、昭和二十九年三月山梨県北巨摩郡地方事務所に認可申請のうえ、工事金五十万円の五割五分に当る金二十七万五千円の補助金を受け、同年四月中旬から約一ケ月を費して一応その工事を完了したこと、並に同人等が穂坂町上ノ原共同施行区と称し、控訴人から右工事負担金として金六百三十一円を徴収したことは当事者間に争がない。

しかして成立に争のない甲第一、同第四号証、乙第五号証、原審における被控訴人石川源次、同戸嶋保之、各本人尋問の結果により成立を認める乙第一号証の一乃至四、同第二号証の一、二、同第三号証の三、同第四号証の一、二、同第七号証、山梨県知事の証明部分の成立に争がなく前掲戸嶋保之本人尋問の結果によりその余の部分についても真正に成立したと認める乙第六号証、原審証人神取柏、原審及び当審証人(原審被告本人)保坂繁次郎、当審証人保坂正則の各証言、原審における控訴人本人尋問の結果の一部並びに原審における被控訴人石川源次同保坂貞光同戸嶋保之本人尋問の結果の各一部を綜合すると、控訴人が被控訴人等に対し前掲金員を交付するに至つた経過(右納付義務の存否についてはしばらく措き)は次のような事実関係に基くものであること、すなわち宮久保耕地整理組合は土地改良法の施行に伴い昭和二十七年八月三日の経過により法定解散し、被控訴人戸嶋保之が清算人に選任され現在清算中のものであるが、同組合は従前より同地区内にある耕地七町七反歩に対する潅漑用の溜池を維持管理してきたところ、昭和十八年頃より右溜池の破損が著しくなり、遂に使用に堪えなくなつたため、同地区の村民は水利の便を失い水稲の植付をすることが不可能となり、やむなくその後は専ら畑作地として耕作を行つてきた。ところが昭和二十八年の大凶作を契機として村民の間に冷害対策救農資金を得て右溜池を修理復活し開田しようとの与論が昂り、同年十一月一日前記耕地整理組合員が組合長保坂松太郎宅に寄合い、溜池復活を決議し、その方法として先づ救農資金獲得のため陳情委員を選出し、右耕地整理組合の解散に伴い土地改良法に基く土地改良区を設立する議が起つたが、設立手続には多額の費用がかかるとのことで多数組合員が反対したためその計画は挫折した。そのかわり控訴人等一部組合員が任意組合である共同施行区を組織して溜池の改修工事としようと計り、北巨摩地方事務所に赴き打合等をしていた矢先、被控訴人戸嶋保之等十一名のものが抜け駈けをして上ノ原共同施行区(代表者戸嶋保之)と称する別個の組合を設立し、昭和二十九年三月二十日山梨県知事に対し冷害対策潅漑排水事業補助金の交付の申請をなし、同月三十日県指令耕第三の三四〇号をもつて冒頭掲記の補助金の交付を受け、前記溜池の改修工事に着手し、組合員その他の協力を得たうえ、同年五月中旬頃総工事費五十余万円をもつて右工事を一応完成し貯水に成功した。そこで被控訴人等は同年六月五日右共同施行区の総会を開催し、総工事費より前記補助金を控除した残額はこれを地区内の耕地面積七町七反歩で除して得た一反歩当金三千二百円の割合により植付希望者に負担させることを決定し、同年六月二十五日被控訴人戸嶋保之は同地区関係者に対し右溜池の利用による水田植付希望者は植付前に半期分でもよいから反当り金三千二百円の義務金を納付したうえ植付耕作されたい旨書面をもつて通知し、右共同施行区に加入しない部落民からは義務金名義で工事負担金を徴収し、控訴人に対してもその水田植付面積三畝二十八歩につき半期分として金六百三十一円(坪当り十円七十銭、円位未満四捨五入)の納付方督促があつたので、同年八月九日控訴人は右金員を納付したものであることが認められ、原審における被控訴人石川源次、同保坂貞光、同戸嶋保之本人尋問の結果中右認定事実に抵触する部分は後出の各証拠に照して措信することができないし、他に以上の認定を左右し得る証拠はない。

ところで控訴人は右上ノ原共同施行区に加盟したこともなく又補助金受領等についても何等関与したことがないから右負担金を納付する法律上の義務がないと主張するのに対し、被控訴人等は昭和二十九年二月二十日前記共同施行区総会の開かれた際、控訴人も出席のうえ開田の費用を負担することを約束したものであると争つているのでこの点につき考えてみるに、控訴人が右共同施行区に加盟したこともなく又補助金受領にも何等関与しなかつたことは当事者間に争のない事実であつて、原審における被控訴人戸嶋保之本人尋問の結果によると昭和二十九年二月二十日に被控訴人等主張のような総会が開かれた事実のないことも認められる。而して成立に争のない甲第二乃至同第四号証、原審における被控訴人石川源次本人尋問の結果により成立を認める乙第三号証の三、前掲乙第四号証の一並に前掲証人神取柏、同保坂繁次郎、同保坂正則の各証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果を綜合すると、被控訴人戸嶋保之は昭和二十九年三月十七日溜池改修、水田復活の件等を議題として旧耕地整理組合員に総会召集通知を発し、同月二十日総会を開催し、控訴人もこれに出席したが同日の総会においては、換地交付に関する件並に昭和二十八年度組合経費収支予算につき表決があつたのみで、溜池改修工事に伴う負担金の賦課徴収等については何等議題とされずに終り、当日閉会後被控訴人等一部組合員が居残り前記上ノ原共同施行区なるものを結成したこと、その後前認定の如く本件溜池工事の完了後である同年六月五日に被控訴人等が右共同施行区の総会を開催し、総工費から補助金を差引いた不足分はこれを受益者より義務金名義をもつて徴収することを一方的に決定し、右義務金の賦課率及び徴収方法等を議決したうえ、被控訴人戸嶋保之が右共同施行区代表、耕地整理組合精算代表の名において同地区の植付希望者より義務金を賦課徴収したものであつて控訴人は右義務金の負担を承諾した事実のないこと及び控訴人は旧宮久保耕地整理組合の組合員であり右溜池の水利使用権を有したものであることがそれぞれ認められる。乙第三号証の二、同第十号証並に原審における被控訴人石川源次、同保坂貞光、同戸嶋保之各本人尋問の結果中右認定に反する部分は前記各証拠に照らしてにわかに措信できないし、他にこれを覆えすに足る証拠は存しない。

してみれば控訴人は上ノ原共同施行区なるものの組合員でなく、又義務金の負担を承諾した事実もないから被控訴人等が一方的になした決定に拘束される謂れがなく従つてこの原因では被控訴人等に対し本件金員を出損すべき義務を有しないかのように思われる。しかしながら控訴人は旧官久保耕地整理組合の組合員としての資格において溜池の水利使用権を有したとはいえ、過去十年来破損して使用できなかつた溜池を被控訴人等が補助金以上の工事金を費して修理復活したことは前に認定したとおりであつて、控訴人も亦昭和二十九年以降現に右溜池の水利を得て水田の植付耕作をなしその恩恵に浴していることは原審における控訴人本人尋問の結果に徴して明かである。しかのみならず控訴人が出捐した金六百三十一円の金額は補助金以上に費した溜池の工事金を右溜池を利用すべき地区内の全耕地面積で除して得たものであることは之亦前認定のとおりであるから、その算出方法が必ずしも不合理のものとはいえないし、これを控訴人の溜池の水利による利益と比較するときは決して控訴人に格別の損失があるものとなすことはできない。而して不当利得の制度は専ら具体的場合につき公平の観念に基いて当事者間の利得の変動を調節しようとする制度であるから、その成立要件である法律上の原因なくしてというのは公平の理念からみて財産的価値の移動がその当事者間において正当なものとするだけの実質的相対的理由がないという意味に解しなければならないのである。だとすれば右認定の事実関係からみて未だ被控訴人等は控訴人の損失において不当に利得したものとは断定できないから、控訴人は被控訴人等に対し前掲出捐の返還を請求し得ないものといわなければならない。

しかれば控訴人の本訴請求は失当として排斥を免れないから、理由において多少異るも結局これと同趣旨に出た原判決は正当であつて本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝 野口仲治 土田勇)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例